52ヘルツのクジラたち 町田そのこ 感想文
ーあらすじ
52ヘルツという誰にも聞こえない周波数で鳴くクジラ。仲間とは違う周波数のため、すれ違ったとしてもお互いが認識することはできない。そのため、世界で一番孤独なクジラと言われている。そのクジラのように、「孤独」を抱えた女性と少年の出会い、「自分」を知る物語。
ー本屋大賞を受賞!
2021年の本屋大賞をこの本は受賞している。
本屋大賞は書店員が最も売りたい作品を投票という形式で選んでいる。
湊かなえの「告白」や恩田陸の「蜜蜂と遠雷」など誰もが一度は聞き覚えのある作品が過去受賞している。
作られて日が浅いものの注目度はとても高いと言える。
ー感想
愛と孤独という主軸
この本には現代社会において、人々の抱える孤独と愛が主軸なのではないかと思った。
親に虐待され、愛を求めたが孤独だった貴瑚。
親に虐待され、愛を諦め、孤独を孤独とすら思えなかった愛。
自分の性で悩み、愛を持ち続けながらも、孤独を味わい続けたアンさん。
貴瑚と対比されるかのように、愛を受け入れ注ぐ美晴。
それ以外にも愛を注がれすぎた故に、狂った人もいれば、愛を注ぎすぎた故に狂った人もいた。
愛は孤独を癒すものでありながらも、孤独を際立たせるものなのだと改めて思った。
愛は異性愛だけじゃない
一般的に愛というと多くの人は異性愛ばかりを想像するだろう。
この作品における愛はそれだけじゃない。
友愛、親愛、狂愛、家族愛、、、
あげるとキリがない。
このように、愛を分類するのはナンセンスだとも思った。
愛はただ愛なだけで、それ以外の何者でもない。
私にもここまで、愛を注げる日が来るのだろうか。
タイトル回収が秀逸
読んでいる際に、52ヘルツのくじらは貴瑚と思わせながらも、愛という存在が出てくることで、52ヘルツのクジラ「たち」というタイトルの理由を理解した気にさせる。
だが、中盤で、アンさんも52ヘルツのくじら「たち」の1人だったことが明かされる。
このタイトル回収の秀逸さに脱帽した。
人に優しく、愛されていたように見えたアンさんが抱える孤独が途中から明かされ始めた際の鳥肌が立つ感覚は忘れられない。
孤独な52ヘルツのくじらはこの世に何人も存在するくじら「たち」なのだと感じた。
親子の人生のつながり
カエルの子はカエル。
瓜のつるには茄子はならぬ。
この言葉のように、子供は親と同じような人生を送る可能性は高いのかもしれない。
貴瑚も祖母のような人生を歩んでいたのかもしれない。
だが、自分の人生は自分のもの。
自分の運命を切り拓けるのも自分自身である。
そのことを貴瑚は自分自身で証明したのだと思う。
52から愛へ
貴瑚は初めは親からもらった愛という名前を知ったものの、そうは呼ばず、52と呼んでいた。
その理由として、その名前にいい印象を持ってないかもしれないという考えを挙げていた。
だが、終盤で愛が自死を決意したためか海へ向かったのを察知し止めに行った際に、貴瑚は愛の名前を呼んだ。
「愛を必ず、幸せにする。」
このシーンには貴瑚の決心が込められていると感じた。
その時までは、愛を幸せへと導くための手助けをするという意思が強かったと思われる。
愛が心を許せる相手の場所まで連れて行くという考えがその証拠であろう。
だが、このシーンで貴瑚は愛を自分の手で愛して、そのトラウマを幸せで塗り替えると決心したのだ。
だからこそ、愛に一緒に住もうと言えたのだと思う。
「未完成」
セクシャルマイノリティであるアンさんの心の葛藤が死んでからわかるというストーリーに涙した。
誰よりも貴瑚を愛しているからこそ、誰よりも「未完成な」自分を愛せないからこそ、自分から愛を伝えられなかったのだと思う。
そのため、母親への遺書で謝罪ばかりを書き綴り、貴瑚ではなく、その彼氏へと遺書を残したのだろう。
貴瑚にとって、自分自身の死が呪縛とならないように、誰にも知らせずに自宅でそっと息を引き取ったのだろう。
アンさんの愛の深さがこのシーンで現れている。
友達は捨てられるものじゃないよ
匠がアンさんの死を知った際に、最低と言いながらも、友達は捨てられるものじゃないと言葉を預けていた。
今まで、人と関わりながらも、家庭の環境の影響もあり、人と深い仲になりにくかった貴瑚にとってこの言葉はとても大きな救いになっただろう。
その友達と貴瑚を繋いでくれたのも、様子のおかしい貴瑚に誰よりも早く気づいたアンさんのおかげであるというところが、また涙をそそる。
まとめ
52へルツのクジラたちにはさまざまな愛の形が描かれていた。
この小説は自分自身でその情景を描きやすい作品だった。
誰かの手によって映像化されるとまた違った美しさのある作品になるではないかと感じた。
個人的には愛役には板垣李光人さんが良いのではないかと思う。
愛の心に抱える孤独と美しさを表現できると考える。
閑話休題、この作品は短いため、ささっと読めるのでふと本を読みたいと思った時に手軽に読めると思う。
小説や文字から遠ざかっている人も一度手にとって見て欲しい。